曹洞宗葬儀の一般的な流れと基本知識まとめ

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そして帰国しますが、共に宋に渡った明全は修行の途中で亡くなっており、その遺骨を抱いての帰国だったとされています。
天福元年(1233)、道元禅師34歳の時、只管打坐の仏法を実践する道場として、山城国深草に興聖寺が建立されました。(山城国とは現在の京都の南半部の旧名)。

しかし比叡山からの圧迫があり寛元元年(1243)44歳の時、道元は波多野義重(はたのよししげ)の招きに応じて越前志比庄(しいのしょう)に移ることになりました。
(越前国とは現在の福井県北部の旧名)寛元2年(1244)波多野喜重の寄進による修行道場が完成。
はじめは大仏寺と名づけられましたが、のちに永平寺と改められました。
これが今日の大本山永平寺です。

そして建長5年(1253)8月28日、54歳でその生涯を閉じたと言われています。

2-2.瑩山禅師

引用元:http://soto-tokai.net/sotosyu.html

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道元が亡くなってから15年後の1268年(文永5年)11月21日(陰暦では10月8日)に越前多称邑(たねむら)の豪族瓜生家に生まれたとされています。
瑩山の母は観世音菩薩を信仰しており、幼少の頃から信心深い母親の影響を受け、8歳で両親に出家を願い出たという話があるほどです。

この話には続きがあり、この8歳での出家の願いは両親には聞き入れられず、その決意として断食までしたと言います。
ついには両親も出家を認めて永平寺へと上がり、13歳の時に懐奘禅師について、僧侶となるための出家の儀式を行ったとされています。
懐奘禅師亡き後は、義介禅師のもとで修業をしたそうです。

18歳の正月に、はじめて行脚の途に入りました。越前大野の宝慶寺(ほうきょうじ)の寂円禅師、京都・万寿寺の宝覚禅師、東福寺の東山湛照や白雲慧暁禅師などさまざまな諸師に参じ、また比叡山に上っては一切経(いっさいきょう)を学んだそうです。

※一切経とは、釈迦 (しゃか) の教説とかかわる、経・ 律・論の三蔵その他注釈書を含む経典の総称。大蔵経 (だいぞうきょう) とも言います。

紀州(和歌山)由良の興国寺の心地覚心禅師に相見して問法した後、21歳の秋に越前に戻り再び宝慶寺を訪ね、永平寺に帰ったとされています。

その後、師の徹通禅師に随って金沢の大乗寺に移り、寺門興隆と民衆布教に専念したと言われています。
そして28歳で徳島の城満寺を開き道元禅師のみ教えを広め、4年後大乗寺に帰り禅修行道場の体制を固めていきます。

その後数ヶ寺を創立するとともに、たくさんの弟子を導き、石川県能登の門前町に總持寺を開いたのは禅師58歳の時だったとされています。
その後も衆生と信仰との橋渡しとなり、数々の偉大なる功績を残して、正中2年(1325)9月29日、62才での生涯を閉じたと言われています。
全生涯をかけて求道し伝道した人生だったとされています。

3.曹洞宗の大本山について

曹洞宗は大本山が二つあり、一つは福井県にある大本山永平寺(だいほんざん えいへいじ)です。
もう一つは横浜市にある大本山總持寺(だいほんざん そうじじ)がありこの二つを両大本山と呼んでいるそうです。

3-1.大本山永平寺

引用元:http://www.eigenji.com/soutou_headtemple.html

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今から約760年前の寛元2年(1244年)に道元禅師が寺を開いたと言われています。
渓声山色豊かな幽邃の境に七堂伽藍を中心とした大小70余棟の殿堂楼閣が建ち並んでいます。
今もつねに2百余名の修行僧が、日夜750年前の当時のままの修行に励んでいるそうです。

ちなみに世界的に知られたフランスの旅行ガイド本「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン(日本編)」で、大本山永平寺が二つ星の評価を獲得しています。

3-2.大本山總持寺

引用元:http://www.k-daihonzan.jp/html/04_01.html

引用元:http://www.k-daihonzan.jp/html/04_01.html

もともと石川県にあった諸嶽寺を、今から約700年前の元亨元年に瑩山禅師が諸嶽山總持寺と改めたのが始まりと言われています。翌元亨2年夏、禅師に帰依された後醍醐天皇は、綸旨を下され、總持寺を勅願所として「曹洞賜紫出世第一の道場」と定めたと言います。

ところが、明治31年4月13日災禍により七堂伽藍の大部分を焼失しました。
これを機に、現在の神奈川県横浜市の鶴見に場所を移しました。

現在は、祖廟として次々に堂宇が再建され、山内約2万坪の境内には焼失をまぬがれた伝燈院、慈雲閣、経蔵などのほかに七堂伽藍も再建されました。有名人、著名人のお墓があり石原裕次郎のお墓もこちらにあります。

4.曹洞宗における葬儀の役割は…

引用元:http://www.sogi-annai.net/about.html

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曹洞宗では葬儀を行うと「仏の弟子」になる。
という考え方です。

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